JaSST’24 Kyushu で基調講演してきました

 2024年10月25日(金)に沖縄産業支援センターにて開催されたJaSST’24 Kyushu にて講演しました.今回は基調講演という大役をご依頼いただき,悩みましたがお受けすることになりました.せっかくなので,記事として残しておこうと思います.

或る日のご依頼

 JaSST’24 Kyushu への講演依頼は,前職マネーフォワード時代の同僚でもありJaSST九州実行委員長でもあった手島さんからでした.彼は普段マネーフォワード福岡拠点にてガーディアンのメンバーとして活動しています.その彼から「今度東京に行くので時間をもらえないか」という連絡を受けまして,東京でお会いすることになりました.

 実は手島さんとのお付き合いは長く,彼が長崎にお勤めのころからになります.彼との出会いはNaITEのイベントに参加者としてから.そこから親交が深まり,NaITEの勉強会を手伝っていただり,いつの間にか転職されたりしても親交は続き,人生面白いことに同じ会社に所属することにもなりました.また,JaSST実行委員会にも所属されおり,仕事でもコミュニティでも頼れる方,愛すべき後輩という方です.

 お会いした彼からは「今回で実行委員長3年です.今回で潔く退こうと考えています.最後は自分が開催したい土地で自分が知りたい内容でやりたいと思っています.ぜひ池田さんに基調講演をお願いしたいと考えています.」ということを真っすぐにお伝えいただきました.

 実は私自身はここ数年くらいはイベントでの大きな登壇についてはあまり積極的ではありません.理由は,もっと他の方に登壇いただきたいから.私としては,もっと新しく若い方々に発表の場を提供できる(枠を空ける)のが良いのではと思っています.
 そういったわけで,今回のご依頼も少し(というか結構)悩んだのですが,「わざわざ福岡から東京まで対面でご依頼にお越しになられた実直さ・誠実さ」「友人である手島さんの花道」ということと,考えてみれば今年で品質保証という道に足を踏み入れて20年目なのでこれも何かしらの区切りなんだろうということで,お受けすることにしました.とはいえ熟考したので,お返事まで少しかかってしまい,おそらく実行委員の皆さんはやきもきされたのではないかと思います.

何を話そう???

 さて,講演することは決まりましたが,「さて,何を話そう???」でした.
 いくつかお話しできることはありましたが,池田は微妙な時期でした.家庭の事情で介護離職することになっていました.所属を外れる以上前職の事例等はお話しすることができません.そういった状況で何を話すか悩んでいたものの,実行委員会の皆さんのご意向がやはり一番だろうと思いましたのでディスカッションの機会を設けていただきました.1時間程度のオンラインディスカッションにより,最終的にはこれまで幾度となく話してきたマインドマップのテストへの利用についてとなりました.実はこのとき,タイミングがよい要素がふたつがありました.

  • ISTQB-FLシラバスV4の日本語版がJSTQBよりリリースされ,そのなかにマインドマップという単語が登場したこと(ISTQB Core にマインドマップという言葉が登場したこと)
  • なそさんが社内で[改訂新版]マインドマップから始めるソフトウェアテストを用いた輪読会を何週もやっており,まだ継続中であること(という情報をx上で拝見した)

 このふたつの要素があったこともあり,私が基調講演としてここ10年以上は真正面からは話していない「マインドマップのテストへの利用」について全般的に語り,佐藤さんが招待講演としてワークを中心とした講演を行うこととなりました.

 マインドマップを使ったテスト分析設計の話ではなく,マインドマップそのものからを話す,ということに落ち着いたわけです.

ターゲット・方針

 「マインドマップのテストへの利用について,全般的に話す」ということが決まりました.ではどういった方々に,ということに関心が移ります.

 振り返るとここ10年は「マインドマップのテスト分析設計への適用」という話が多かったです.この理由は,すでにマインドマップを知っていたり,そのうえでテストへ利用している人が多かったということです.わざわざマインドマップとはなんぞやという話をする必要がありません.
 ところがここ数年においては,マインドマップを知らずして,マインドマップと名乗っているPCツール(もしくはテンプレート)を使って,なんとなくツリー図を作っている,それをマインドマップを使っていると思っている人が増えてきました.この理由としては第三者検証会社の旺盛な採用欲による爆発的な業界未経験かつ初級テストエンジニアが増えたことにあると推測しています.業界未経験の方は,入社直後はIT技術としても右も左もわからない状態でテストの業務に取り組んでいます.そうするとどうなるかというと周りの人が使っているドキュメントテンプレートやツールを,まずは,よくわからないが使ってみようということになるわけで,結果,マインドマップについてもマインドマップそのものは知らないがマインドマップツールを使っているので使ってみようということになるわけです.なので,マインドマップツールを使ったテスト分析設計はやっているが,マインドマップを使ったテスト分析設計はやってないということになります.

 そういったわけで,ターゲット・方針は「ここ数年の間に業界未経験の初級テストエンジニア」に向けて,「マインドマップそのもののお話しから,テストへの利用の歴史,どういった利用イメージ,利用プロセスの一例,コツを改めて再整理してお伝えする」のが良いと考えました.

コンテンツの方針

 さて,ターゲット・方針が決まったなかでコンテンツ詳細を決めていきます.

  • マインドマップそのものの解説は必要であろう,これは書籍等公知の情報による解説で.
  • テストへの利用の歴史は,JaSSTでのマインドマップ関連の発表の情報を再整理したり自身が持つエピソードを交えて.ここは完全新規で.自分の振り返りにもなる.
  • どういった利用があるのか,あらゆる場面で創意創作で利用できる.これはマインドマップ本に挙げているものを例として出す.詳細は本を読んでもらうことでより深く知ってもらえる.
  • 利用プロセスの一例は,一番興味があるであろうテスト分析設計への適用プロセスの一例を初級者向けに,これまでの講演資料からさらにシンプルに.招待講演でワークもあるのでその前提において.
  • コツは,これまでに貯まっているものから特に初級者向けのものを10個程度.

 以上のコンテンツをざっくり作りながら,なんだか懐かしい気持ちになりました.おそらく,結果として,2007年~2012年くらいでよく話していた内容に似ているからだと思います.そのころはテストエンジニアのほとんどがマインドマップを知らず,テスト分析設計の議論も盛り上がり始めたころでした.ですので,一周回ってマインドマップをいちから解説することになったのかと思いました.

説明に何かが足りない… そうか,発想だ!

 70分の講演内容としては上述のコンテンツで成立すると思います.ですが,コツを書き始めて気が付いたことがありました.
 マインドマップ初級者は,セントラルイメージを描くのも手が止まり,メインブランチを描くこともできない人が高確率でいる.また,なかなかブランチを伸ばしていけない人も高確率でいる.なんでだろうか?とこれまでの質疑やチュートリアルを思い出して,はたと気が付きました.「初級者がもっとも躓くのは,発散で必要となる”発想”という概念を意識していないからではないか?」ということです.

 そういったわけで「マインドマップにおける”発散”で必要となる”発想”という概念を,学問的な云々は置いておいて(目を瞑って),実業としての実感ベースでお伝えすることは大きな価値があるのではないか」と考え至り,急遽コンテンツを追加し,かつそこに比重も大きめにとすることにしました.

最終的なコンテンツ

 落ち着いたコンテンツは次の通りです.
boldにしているところを,初級者の方に特に丁寧に話すこととしました.

  • マインドマップとは
  • 国内におけるテストへのマインドマップ利用のこれまで
  • テストへのマインドマップ利用の例(マインドマップ本より)
  • マインドマップを利用したテスト分析設計方法の一例
  • 発散で必要とする発想を考えてみよう
  • マインドマップを取り入れようとしたときに考えておくとよいこと

 以上がまとまり,完成版資料を実行委員会に共有したのが講演日前日.最後の最後まで,発想のパートはスライドを作ったり消したりでとても苦労しました.

いざ沖縄,人生初の山羊刺しの衝撃!

 沖縄へは台風等の天候リスクを考え前々日入りでした.
水木金と雨の予報でしたが,実際飛行機内から見える沖縄本島の上空は雲だらけ.私が沖縄に行くと滞在中は必ず雨降りなので,なんだか申し訳ない気分になりながらも無事到着です.到着後はほぼ同じ時間に那覇空港に到着の手島さんと合流です.その後はホテルにチェックインし,今回やりたかったこと(仕込んでおきたかった事)を行い,食事でした.

 今回やりたかったことはなにか.
 「ビジネスワーカーたるもの,登壇時は沖縄の正装であるかりゆし着ないと!」です.前もって友人に教えてもらっていたお店に入るなり「このお店で一番公式度が高く,かつ現地の方々がコイツわかってるなと思っていただけるものはどれですか」と選んでいただきました.突然の訪問と無茶なお願いに終始にこやかにご対応いただいたマンゴハウス 国際通り3号店さん,ありがとうございました.かりゆし自体の歴史とかの話も大変勉強になりました.やはり現地に根付いたものを知ることは大切ですね.

 その後,手島さんのセンスが光るチョイスにより山羊料理二十番さんにお邪魔してきました.
 ヤギ料理は人生初の体験でしたが,山羊刺しはびっくりするくらいにおいしかったです.もちろん生姜焼きとか山羊汁もおいしかったのですが,刺しの衝撃は大きく思わずお代わりをするくらいでした.


※左から山羊刺し,山羊生姜焼き,山羊汁

 やはり現地で現地の料理を食べるのも大切ですね.食を楽しみながら店員さんと会話をするなかで,現地の風土や人の気質を知ることができます.こういったことは初めて行く講演の地では必ずすることにしています.そうしないと,感覚として「どういう展開でお話ししようか」がわからないからです.島耕作氏もそんなことをおっしゃってました.もちろん手島さんとの会話も楽しく,講演に向けた決起会という意味でもモチベーションが高まり有意義でした.

前日はまさかの大雨警報

 前日は朝からスマホに緊急通知が鳴り響きました.
 那覇の大雨警報の予報です.外を見ると確かに大雨.そして遠くから避難を呼び掛ける放送が聞こえてきました.えらいことになってきました.


※外は大雨で真っ白

 「明日開催できるのかな?」と不安がよぎりましたが,一方で「早めに現地入りしておいてよかった」と胸をなでおろしてもいます.天候については,実行委員会のリスク認識と事前対応のおかげで,基調講演者が現地入りできないという最悪の事態を回避できたわけで,さすがだなぁと思いました.イベントでの最大のリスクは天候や病気ですものね.きちんと対応をご指示いただけて私としてもありがたかったです.

 この日は現地入りしたNDKCOMの榎社長とレンタカーで本島視察をしていましたが,大雨すぎて運転も大変で,夕方には二人ともヘロヘロになってしまいましたが,夕食にて情報整理会をししつつ英気を養ったのでした.このお店も縁とかあるんだなぁと思いましたが,社長が現地の方に教えてもらったいい店が…と店名知らずに記憶を頼りに探してたどり着いたところが,私も昔別の方からお勧めされて気に入っていたお店でした.そんな偶然もあるのねと面白かったです.

 ホテルに戻ってからは翌日の講演に備え,シャドーイング.シャドーイングをすると,話しにくいことやちょっとしたTYPOを発見できます.お勧めです.なにせ70分の講演ですから,2週もすると深夜2時.最後に資料の微調整を行い,就寝しました.気が張っているのか寝つきは悪かったですが,寝付いたらすぐに朝でした. 

当日は大盛況!

 前日はその後天候は悪化せず,飛行機も欠便にならなかったようで,実行委員や前日入りの参加者の皆様には大きな影響はなかったようです.良かったです.本当に!

 会場に向かう前の朝ごはんは沖縄そば.気合注入です.
 会場となる産業支援センターは前日に軽く下見をしたこともあり,問題なく到着です.いくつも会議室やホールがある充実した施設で,那覇空港からタクシー使ってすぐというのも立地が良いですね.

 
いつでも朝ごはんさんで「ゆし豆腐そば」をいただきました(写真左)

 当日は会場には約50名のご参加ということで,部屋のサイズも丁度良く,心地よい熱気感がありました.(オンライン含めると100名以上だそうです!)
 現地で再会できた面々との会話はとても楽しく,気が付いたらJaSSTが始まりました.いきなり緊張してきましたが,いざ前に立つと,前から見る参加者の皆さんの目はキラキラしていて,さらに緊張するとともに別のリラックス感も得られました.おそらくオープニングセッションでの場づくりの効果ですね.実行委員長の松谷さん,ありがとうございます.

 講演はあっという間の70分でした.とても会場の反応が良かったのが印象的で,私が話すことについて聴講者の皆さんがリアクションをとってくださったので,講演者としてはとても話しやすかったです.みなさん傾聴の訓練でも受けているのかなと思ったくらいです.


※緊張している男(写真左)と熱気あふれる会場(写真右)

 また,冒頭に「せっかくだからこの講演をマインドマップでノートしてみましょう! もしこれまで描いたことがない方でも,この講演が終わった時には描いたことがあるという状態になり,確実にステップアップできます!」と呼びかけましたら,本当に真面目にみなさんノートしてくださって,その熱意も前から見ていて感動しました.これまでの講演でも同様な声掛けをしてましたが,一番前向きに取り組んでいただいたように思います.

 驚いたことがひとつ.最初に「これまでマインドマップを勉強したことことがある方はどれくらいいらっしゃいますか?」と投げかけたところ,手を上げてくださったのは数名で,会場の9割以上の方はマインドマップに関する読書など勉強をしたことがないという結果です.おそらく6割くらいかなぁと想像していたのですが,思った以上にマインドマップを勉強したことはないが,マインドマップツールは使っている,という結果が出て衝撃を受けていました.その結果から,講演は丁寧さを増した方がいいなと,質疑応答の時間も使って話すということになりまして,質問したかった方はすみませんでした.(その後の質疑応答セッションにて,いくつか質問には答えさせていただきました.)

 とはいえ1件だけの時間はとっていただきました.質問はAutifyの末村さんからAIの活用について.すでに世の中にはマインドマップを生成してくれるAIアプリとかサービスは存在しています.しかしながら,テストというアクティビティに対して,特にテスト分析設計に対応したというものは私の観測範囲では存在せずで,故に今後の研究対象として面白いしまた可能性も沢山あると考えています.いわゆるエキスパートシステムのAIを使った進化という方向はすぐ浮かびますが,それ以外にもいろいろと可能性がありそうです.リップサービスもあったかと思いますが,協創してくださるということなので半分以上本気で期待しています.聴講者の皆さんが証人です.(笑)

講演で一番お伝えしたかった事

 講演資料はこちらに公開していますので,そちらを参照していただければと思いますが,本稿では一番お伝えしたかったスライドだけ貼っておきます.

 私が今回の講演で伝えたかった一番のことは「思いつかなかったことは決してテストされることがない.いろんな技法を使ったとしても,そもそも思いつかなかったら負けである.だから思いつく努力や思いつくための方法を知って活用しよう!」ということです.

 テストのいろんな研修を受けると,テスト技法の類を教示され,それはそれで役に立ちますが,それ以前の話があります.世の中にリリースしたプロダクトやサービスが故障や障害を起こしたときに多く見られる言葉に「想定外でした」があります.想定外=思いつかなかった,ということです.ですから,決して必殺技主義に走らずに「まずは発想という物事に真剣に向き合うということ」を考えていただきたいですし,そのための論としてのマインドマップを活用することをご検討いただけたらいいなぁと思います.

最後に.20年を振り返って

 今回の講演については個人的な考えることがふたつありました.

 ひとつ目は,タイミングとして,私がプロの品質保証の道に入って20年目であることです.

 コンテンツに「国内におけるテストへのマインドマップ利用のこれまで」を準備しましたが,これはすなわち私の20年をまるまる振り返ることに近しいことですし,マインドマップの利用そのものについてもある意味総括とか今後のために残しておく資料作りの機会として価値がありました.

  
  

 講演でもお話ししましたが,マインドマップをソフトウェアテストに利用した公知の情報としては鈴木三紀夫さんと発表した2006年です.国内にそれ以前のものは見当たらず,海外においてもそれ以前に論文は見つけられませんでした.自分の手法とは言いませんけれども,それでも日本初の手法であることは疑いようがないもので,それを育ててくださった皆さんに大きな敬意を持ちます.JaSSTのサイトから得られる情報を今回表の形にまとめましたが,これら表にあったものやそれ以外の場での発表があったからこそ,いま国内で多くの方が使ってらっしゃる状況があります.テスト分析や設計のビジュアルコミュニケーションを促進するという意味において,最初のとっかかりや普及の伴走が出来たことが,ちっぽけな技術者としてこの20年本当に貴重な経験をさせていただいたなと思います.そして,今回の講演がきっかけで,ここ数年に業界に入られた方々にマインドマップそのものや利用の成り立ちの情報がインプットされ,それを広く実践いただくことで,利用法というか技術と言ってもいいと思うのですが,つながっていけばと思う次第です.

 もうひとつ.
 一年前,私が尊敬してやまない,そして技術者としての人生を開いてくださった大恩人であり,よき先輩であり,悪だくみをする友達でもあった,にしさんの突然の訃報を飛行機の上で聞きました.今回のJaSSTは一周忌直後のJaSSTということもあり,私個人としてはにしさんへのご恩返し・祈りの機会でもありました.

 初版のマインドマップから始めるソフトウェアテストを出版するときに,にしさんには帯コメントをいただきました.

 帯コメント依頼時ににしさんはことのほか喜んでいただき,そして献本したときに言われた言葉が印象に残っています.

 「ミッキーさん,池田さん,この本を書いてくれて本当にありがとう.テスト分析設計において,テストエンジニアの思考の結果ではなく,過程をどのように共有するかということに課題意識を持っていた.この手法によってそれが解決されるし,これをきっかけにたくさんの研究が行われるようになると思う.きっかけを作ってくれてありがとう!」

 はたして私がどれだけのことができたかはわからないですしむしろ役者不足だったかもしれませんが,今では多くの方が実際の業務はもちろんテスト設計コンテストといったものでも使っています.そしてテスト分析設計については,テスト観点の議論を経て,そういったアクティビティがあり真剣に取り組まねばならないことという認識が一般化しています.少しはお手伝いができたでしょうか,そんな報告を基調講演ではしていたように思います.

終わりに

 軽く旅日記でも書くかと思いつつ始めたら,結構な分量になってしまいました.ここまでお読みになってくださってありがとうございました.
 今回の講演や講演資料がみなさんのよりよいテストやテスト生活に貢献できていればなによりです.

 JaSST’24 Kyushu,沖縄,とっても楽しかったです! ありがとうございました!!!

#資料文献

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