実践ソフトウェアエンジニアリングを新人教育で配布した思い出

実践ソフトウェアエンジニアリング(第9版)について今月は(プロモーションの目的もありますが)いくつか記事を書いてきましたが、今回は第9版ではなく第6版についての思い出を、少し書いてみようと思います。

実践ソフトウェアエンジニアリング(第6版)については、入手以来ヘビーに活用させて頂いた書籍で、この本と最初に出会ったときの衝撃は忘れられません

「入社してそれなりにたつけど、俺はザコだった・・・」

という気づきです。

以降、普段書籍には絶対にペン入れしない私が、三色ボールペンを入れるわ、付箋は貼るわで、「理解できないところ」「初めて見た単語」「理解が怪しいところ」と三色に分けてアンダーラインを引きまくったのを覚えています。結局この第6版は都合5冊ほど持っているに至ります。(読み込み用、自宅用、会社用、社内貸し出し用×2)

さて、本題ですが、この本、とても価値を感じていたので、所属していた最初の会社では「新人全員に配るしかない」と、実際そうしていました。その思い出話しを少しだけしようと思います。

当時小生は社内でソフトウェア開発技術に関する社内研修講師を業務の一つとして作り出して担当していました。きっかけは「マインドマップから始めるソフトウェアテスト」の出版と、JaSST東京の基調講演者の社内講演に関する企画上申でした。当時全社員に対して社長からメールマガジンが定期的に配信されていましたが「自由に返信してください。私しか見ませんし、他の方には決して漏らさないのでお気軽に。」と書かれていました。
小生は空気を読めないので、「JaSST基調講演者による社内講演会をできないでしょうか」と返信したわけです。今でもアホですね。役もなにもないヒラ社員がいきなり社長にメールを送るのですから。たしかその時は3000人程度の小さな会社でしたが、それでも今考えると若気の至りというか、若さゆえの勢いというのはあるのだなぁと苦笑します。

さて、そんなこんなで「じゃぁ一度社長室に遊びに来い」ということになり、いちおう講演会起案のプレゼン資料もしたためて社長室に遊びに行ったわけですが、残念ながら社長の「今の社員はそこまで視座が高くないから早い」とそうそうにNGを食らいました。ただ、プレゼン資料作って持っていったのはとても好感だったようで、その後1時間程度1on1いただく展開となりました。

その話の中で、小生が本を書いたことが伝わり、「ならば、まず外部の先生に話して貰う前に、お前が社内講演すべきだ。順番を間違えてるだろ。」とお叱りを受け、社長がその場で教育部門に内線をかけ「なんで技術書書いた社員をお前らが知らんのだ。社内講演会をやれ。」という指示が飛びました。メルマガでは他人に漏らさない言うてたやんとか一瞬思いましたが、ともあれ社長メールに返信して損はないんやなぁとい思いました。そして、本を書くに至るまでお前は一体どういったことをやってきたんだと根掘り葉掘り聞かれたのですがそこで「私の技術者としての意識を変えた大きな要素のひとつは実践ソフトウェアエンジニアリングという素晴らしい本です。」とようやくここで書籍名が登場することになります。

その後、講演会というよりは「社内のテスト技術の教育講座を作って毎年やったほうが良い」ということになり、その企画はお前が立てろと社長命をいただきました。ただ小生は拝承といえばよかったのですが「単に話すだけで終わるのは嫌だ。大切なのは技術感度を上げ、社内技術者がいつでも知識に触れられる状況を作り出すこと。そのための一つの手段として書籍も合わせて配りたい。」と主張しまして、(当然自著を教科書採用させるという欲目もありましたが)、そのための予算もつけてもらいました。なんせ社長にとっての決済額としては微々たるものですが、期初予算をとっていない教育部門の方々はピリついていたのが印象に残っています(笑)。(おそらく最後は予算外で社長決済一発で終了だったとは思いますが。)

そういったわけで、企画をに埋めた結果立て付けとしては、「新人教育でやれ」「品質とテストをやれ」「その時点で技術はわからないとしても知識は叩き込め」「フォローアップ研修もやれ」という方針になり、テキストの選定に移ります。結果「マインドマップから始めるソフトウェアテスト」「SQuBOKガイド」そして「実践ソフトウェアエンジニアリング(第6版)」の三冊をテストの講義のサブテキストとして新人全員に配るということになりました。こうして小生が講師をしていた数年間は毎年50〜70人程度の新人に配布されています。

書籍の選定に関する話もいろいろとあるのですが、実践ソフトウェアエンジニアリングを一冊に選んだのはきちんとした理由があります。

当時「結果としてのソフトウェア品質・プロダクト品質は、開発に関する全ての要素の掛け算の結果である」と考えていたからです。

故に品質とかテストの講義でテスト技術だけ教えても不十分です。ソフトウェア開発ライフサイクルにおいてテストの他の要素が一つでもゼロだったら結果はゼロですし、マイナスだったらマイナスにしかなりません。これを教えたくて、ソフトウェア開発に必要なことがぎゅつと網羅されているこの本が必要だったわけです。新人ですからすべてを理解する必要はありませんしりかいするのはむずかしいとしても、最終品質を導き出す掛け算の要素の全体像は抑えておいてほしかったのです。また、現場に配属されていろいろと仕事を覚えていくにつれ個別の技術要素を深く理解すべきタイミングが必ず訪れます。そのときにすぐに参照できる本がないとおそらく新人は路頭に迷います。先輩方には失礼ですが、全員が体系的な知識をもっているとは考えにくかったしむしろ持っている人希少です。本を読んだことがある人が何人いたでしょうか。ですからOJTで教えてもらうのは難しく、現場に行くにあたって持たせるということが必要であると思いました。

それと、これらの本を現場の自席に並べておくことで、物理的に現場ですぐ参照できる品質やテストの知識の流通量が増えることになり、間接的にではありますがすでに現場にいる先輩技術者たちの教育や意識改革も狙っていたという目的もありました。ボトムアップでどんどん突き上げてほしかったわけです。

そんなわけで、前置きが長くなりましたが何を言いたいかというと、少なくとも新人全員に配っておくのは(本人が読むかどうかはその人の素質次第だが)良いことしかないぞということです。

実践ソフトウェアエンジニアリング(第9版)はたかだか9000円弱です。
内容を考えると破格とも言えるものですから、ぜひ次の新人さんには全員に配布してほしいなと、部下がいる上長に向けてメッセージを贈りたいと思います。

 

※本記事は実践ソフトウェアエンジニアリング第9版アドベントカレンダーのにも登録しています。他の記事もあわせて読まれると、本書や翻訳プロジェクトについての理解が深まるので、ぜひご参照ください。